特別座談会

特別座談会

vol.1 助成を受けた経験者が実践研究の支援者に

赤堀
まず初めに、先生方がパナソニック教育財団や実践研究助成制度とどのように関わってこられたのかをお聞きします。
堀田
私の場合は、助成を受ける立場と、実践研究を支援する立場の両面で関わってきました。都内の小学校教員として勤務していた頃には、3年連続で財団の研究助成を受けましたし、大学に移ってからも、コンピュータ室のネットワークを利用した協働学習の研究や、情報教育の教材開発などで助成をいただいたことがあります。
その後は、実践研究助成の審査や特別研究指定校の助言者といった形で、財団の取り組みをお手伝いさせていただいています。
五十嵐
平成18年に日野市のICT活用教育がスタートした頃、ある研究者の方から財団の助成制度について教えていただきました。当時私は行政におりまして、これはいいチャンスだから市内の学校でも活用してほしいと思い、応募を働きかけました。結果、一般と特別研究指定で1校ずつが採択され、私は後者の市立平山小学校の校長に着任することになりました。
本校では2年間の特別研究指定校の後、財団との共同研究のご提案をいただき、平成23年度から「『未来の教室』プロジェクト」として2年間の研究を行いました。計4年間にわたって応援をいただけたことは、学校としても本当に幸運なことでした。
赤堀
私は財団の常務理事として学校からの助成申請を審査する立場にありますが、堀田先生同様、以前は研究者として助成を受けた経験があります。科研費では購入できない機材等を財団の助成金で揃えることができて、ありがたく思いました。研究指定や助成にはさまざまな形式がありますが、現場本意の柔軟さがパナソニック教育財団の助成制度の特徴だと思います。

vol.2 教師を成長させる外部の評価と励まし

五十嵐
パナソニック教育財団の助成制度は、明確な目標とポリシーを持って主体的に取り組む教員集団にとっては魅力的ですね。研究を進めながら計画内容を深めたり発展させたりすることもできます。本校では助成金でビデオカメラを揃え、教員が授業を振り返る力を高めることから、学力向上という課題に対して効果的にアプローチすることができました。
堀田
学校として掲げたミッションを遂行する過程の部分で、現場の研究活動に柔軟に対応してくれる財団の助成制度は学校にとってもありがたいし、実践研究を活性化する要因にもなっていると感じます。
赤堀
財団の助成を受けて実践研究を行うことで、学校にはどういう変化がありますか。
五十嵐
外部の人に授業を見てもらう機会や、自分の授業を見直す機会が格段に増えることが大きいです。例えば本校では、「『未来の教室』プロジェクト」の期間中に公開研究会を10回行いました。外部からの意見をいただき、自分の実践を振り返ることは、教師の成長に確実に結びつきます。時には厳しい声もありますが、それを受け止めることで次のステップが見えてきますし、励ましの言葉は自信や誇りになりますから。
堀田
子どもたちが元気になるかどうかは先生で決まる部分がありますから、先生がいい実践をしようと張り切ることは重要ですね。
五十嵐
その通りです。先生のがんばりは子どもにも必ず伝わります。本校では実践研究を始めて、学力だけでなく生活面での改善も見られました。そうした子どもの変化を見ると、教員たちにもさらにいい指導を追究しようという勇気が出てきます。

vol.3 専門家からの助言で研究活動の質が向上

赤堀
財団の特別研究指定校に対しては、研究者が支援に入ります。現場の先生方だけでなく、研究者が実践に加わることによって得られるものもあると思います。
堀田
この取り組みは、質の高い実践研究のカルチャーを現場に普及させる上で大きな役割を果たしてきたと思いますね。
例えば財団のWEBサイトでは、研究助成の申請書の書き方のポイントを紹介しています。これが掲載されるようになってから、各校が提出する申請書のレベルが上がりました。何をいつまでに、どういうプロセスで明らかにするかという手順や、自分たちの研究が持つ社会的な価値をきちんと整理して書けているのです。こうした方法論に則った研究計画を立て、実践の成果をエビデンスとして明確に示せる学校が増えていることが、研究者が実践に加わる意義の一つだと思います。
五十嵐
学校にとっては、第一線の研究者に来ていただけること自体が貴重です。授業を見て、プレゼンを聞いて、アドバイスをいただけることは、教員にとって励みにも勉強にもなります。
また、現場の教員だけでは視野が狭くなりがちですが、研究者の方から海外や国内の他校の情報を教えてもらうことによって視野が広がります。グローバルな視点も含めて、自分たちの実践の意味づけや価値づけが得られ、方向性を示唆してもらえるのは大きいです。
赤堀
現場の先生方だけでなく、研究者も変わりますね。私は以前、特別研究指定校の助成を受けた上越市内の中学校の研究に関わったことがあります。人間力を育成するクロスカリキュラムの開発という難しいテーマの研究で、私にとっても未知の部分が多かった。今振り返ると、指導者や助言者という立場ではなく、先生方と一緒になって実践を考えていたような気がします。
2年間の研究では、総合や社会科や特活をクロスするカリキュラムの開発と、その実践を通じて大きな成果がありました。私は今でも大学の授業で、この中学校で作ったカリキュラムをクロスカリキュラムの教材として使っています。研究者としても多くのことを学ばせていただいたと思います。
堀田
実践に関わる研究者をたくさん育てていることも、財団の役割になっていますね。研究者が入ることによって、エビデンスの出し方や成果の切り取り方、アピールの仕方、情報伝達の仕方などが学校現場に普及し、現場の実践に関わることで研究者自身も成長していきます。
つまり財団の研究助成には、実践者と研究者が一緒に育ち、成果を分かち合う場としての側面もあるということです。その一つが、より明確なミッションを与えて、明確なアピールをして周りに披露してもらう特別研究指定校という形式に帰着していると思います。

vol.4 実践の宝を引き出し普及させる活動へ

赤堀
実際に現場に入ると、さまざまなことが見えてきます。学校による文化の違いや、地域の教育力を感じる場面も多い。日本全国には、まだ広く知られていない実践の宝がたくさん隠れている気がします。それをどう引き出して、見える形にして普及させていくか。こうした理論と実践の統合化を、実践者と研究者のコラボレーションによって実現しようとしているのが、この財団だと思うのです。
2004年に遠山敦子先生が理事長になられてから、こうした実践重視の立場がより明確になってきた印象があります。私も何度かお話をして、実践に役立つ助成金の使い方を考えてほしいと言われました。実践の成果を形式知に変換して普及し、別の実践を向上させるというのは難しいテーマですが、いま最も必要な取り組みでもあるのです。
堀田
この40年間で財団の役割も変わってきたのだと思います。僕が教員として研究助成をもらっていた頃は、どこかで実践が上手くいけばそれが他校にも伝わって、ひとりでに普及するような環境がありました。今は各校が置かれている状況が多様化していて、意図的に形式知化して検索可能な形で発信しないと、広がっていかないと思います。
そういう意味では、身近な地域への普及が一番難しいと思います。同じことを志向している人たちには今のやり方でもある程度は伝わるでしょうが、同じ地域にいるからといって、誰もが同じ興味を持っているとは限りませんから。ICT活用や情報教育が本当に普及するためには、まだ十分に関心が高まっていない先生にも実践の意義が伝わる方法を考える必要があります。
僕は財団の特別研究指定校の中でも、特に地元普及型の学校を担当させてもらっています。普及を見据えた実践研究では、例えば校長先生の振る舞いや、教務主任や研究主任の役割、研究テーマやステップの設定といった点がキーになってきます。それらを一足飛びにやろうとすると他の先生方がついてこられないので、みんなを連れていくしくみをつくることが大切です。
ICT活用については随分見えてきましたが、情報教育についてはまだこれからだと思いますね。

vol.5 助成制度への応募が授業改善への一歩に

五十嵐
地域の他校への普及だけでなく、地域社会や家庭への発信も求められます。本校はコミュニティスクールでもあるので、最初から地域を巻き込む形で実践研究を行う必要があると考えました。学力向上がテーマでしたが、ICTだけでは学力は向上しません。基本的な生活習慣や学習習慣の上に授業改善があるという点を理解していただき、地域みんなで子どもたちの学力向上に取り組むという基盤を共有することから始めました。最初の足場固めが重要だと思います。
学校の取り組みを発信するという点では、財団の担当者の協力も大きかったです。何度も学校に足を運んで授業を見て、財団のWEBサイトに定期的にリポートを載せてくれました。これまでは実践に関わる当事者しか語っていなかったことを、少し離れた位置から定点観測のように見て報告してくれるので、自分たちの取り組みを客観的な視点で見直すこともできました。
赤堀
来年度の実践研究助成の募集が始まっています。まとめとして、学校現場へのメッセージを。
堀田
財団が40年かけて築いてきた実践研究のコミュニティにぜひ加わっていただきたいですね。これまでの研究成果を読み、しっかりした申請書を書いていただければ、どの学校にもチャンスはあります。いい授業、いい学校を、コミュニティの仲間と一緒につくっていきましょう。
五十嵐
本校では、これまであまり交流がなかった地域からも、同じ研究助成を受けた学校として見学に来られるケースが増えています。実践研究を通じた、先生方や学校間のつながりを全国に広げていきたいですね。
赤堀
申請書の作成も実践研究もエネルギーのいる行為ではありますが、得られるものは大きいですから、ためらわずにチャレンジすることが大切です。各校が持っている実践の宝を共有し、仲間を増やしていくための第一歩を、この研究助成への応募から踏み出してほしいと思っています。

★本座談会は、平成25年12月16日の日本教育新聞に掲載された記事を転載したものです。

座談会出席者紹介&メッセージ
全国の教育実践の宝を見える形にして普及

赤堀侃司

東京工業大学名誉教授
パナソニック教育財団常務理事

先生の頑張りは子どもに伝わる

五十嵐俊子

東京都日野市立平山小学校校長
第35回 特別研究指定校

ともに実践を高める仲間づくりに

堀田龍也

東北大学大学院教授
パナソニック教育財団 専門委員