活動レポート

山折哲雄 × 竹内洋第3回 リスクと犠牲を教えない、日本のエリート教育

山折座長と対談していただく3人目の有識者には、『教養主義の没落』などの著書がある竹内洋・京都大学名誉教授を迎え、3回に分けて日本の教養と知識人について語ります。今回は第3回[最終回]です。 ※ 対談(その1):日本の知識人は、なぜ「日本回帰」するのか ※ 対談(その2):論争がシカトで終わる、情けない日本の論壇 img_ead418d8b0db06387150bd1ba7dc7c70397641
山折:私は何度となくインドに行きましたが、最初にインドに行ったときにびっくりしたのは、においです。それまで視覚と聴覚で作り上げていたインドのイメージが、一挙にガタガタに崩れました。日本でインド哲学を学ぶ場合、テキストばかりを読んでいるので、その視覚を通した知識としてのインドのイメージばかりが出来上がる。そして現地を訪れて、嗅覚の世界に初めて直面したわけです。 そのインド体験が、ずっと尾を引いています。視覚を通して蓄積された教養、知識というものがいかに危ういか、脆弱なものか、思い知らされたわけです。インドが過酷な社会的環境の世界だったから、という理由もありますが、本質的にはヨーロッパだって同じだと思います。その社会が持っている歴史的なにおいというのはありますから。 ですから、視覚や聴覚によって得た知識を、嗅覚や触覚といった、もっと生命的な、生物的な感覚によって見直すということを繰り返さないと、単なる観念的な知識をもって満足する人間になってしまう。近代的な日本の知識人の持つ教養の頼りなさというのは、きっとその辺に関係していますよ。旧制高校の教養がしばしば問題視されるのも、結局、視覚や聴覚のレベルで終わった知識だったからでしょう。 竹内:かつて私は、イギリスのパブリックスクールについて調べたことがあります。最初は、現地の写真は見ているけれども、実物は見ていないという状況です。すると、どんどん美化するんですね。しかし、実際にイギリスに行って、現実に寮を見たり、写真には載っていない鞭打ちの部屋を見たりすると、印象が変わりました。 活字だけでヨーロッパを学んだ人は、非常に美化する傾向があります。丸山真男さんも、実際に欧米に行ったのは晩年ですよね。そうすると、頭でヨーロッパ像を作り上げて美化してしまうのではないですか。 山折:そうですよね。美化と完全化。 竹内:そういう意味では、戦後の大衆レベルでも、海外旅行というのは、ずいぶん日本人の海外に対する気持ちを変えました。ものすごく大きい体験知だと思います。海外に対するコンプレックスもあまりなくなりましたよね。 山折:海外にはできるだけ若いときに行ったほうがいい。「今のグローバリゼーションの時代に、どう若者を育てたらいいのでしょうか」とよく聞かれますが、まずはいちばん厳しいインドやアフリカに修学旅行で行ったらいいと思っているんですよ。
山折哲雄(やまおり・てつお)    こころを育む総合フォーラム座長  1931年、サンフランシスコ生まれ。岩 手県花巻市で育つ。宗教学専攻。東北大学文学部印度哲学科卒業。駒沢大学助教授、東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教 授、同所長などを歴任。『こころの作法』『いま、こころを育むとは』など著書多数

山折哲雄(やまおり・てつお)
こころを育む総合フォーラム座長
1931年、サンフランシスコ生まれ。岩 手県花巻市で育つ。
宗教学専攻。東北大学文学部印度哲学科卒業。
駒沢大学助教授、東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教授、同所長などを歴任。
『こころの作法』『いま、こころを育むとは』など著書多数

竹内:それはいい案だと思います。ただ実際には、豊かで快適なところに行っています。今の日本社会は事なかれの官僚制化していますから、先生も危険のあるところに行かせるのが嫌なのでしょう。 山折:親も事故を恐れて。 竹内:そうですね。 山折:だからやっぱり、どうしようもないところまで来ていますよね。なにか打開策はありませんか? 竹内:私の大学時代は、「官僚制化」というのが社会学のメインテーマで、マックス・ウェーバーを読み込みました。今の日本は、ウェーバーの言う典型的な官僚制化社会になっています。今こそ「官僚制化とはどういうことなのか」を考えたほうがいい。 山折:今の日本の官僚制化は、正当な発展のかたちなのでしょうか? それとも日本的なスタイルなのでしょうか? 竹内:私は日本的なものが入って、変なかたちになっていると思いますよね。 「リスクは絶対ゼロにする」というのは、ちょっとありえない発想です。大学時代に、物理学者の書いた倫理学の本を読んだのですが、その本では、「確率論的に絶対ゼロということは、交通事故でも何でもありえないのだから、何%ぐらいを超えたら大問題と設定しなさい」と書いていました。今は、皆が「確率ゼロはありえない」と思いながらも、「絶対、再発させてはならない」と言いますよね。あれは、何なのですかね。 山折:100%の安全安心などないことは、誰でもわかることですが、言うときはそう言うんですよね。だから危機的な問題を議論するときに、いつも他人事です。わが事ではないのです。かつては、わが事になればそんなことは言えない、という常識的な感覚がありました。それが本当の教養ですよ。それがないから、いつも他人事になってしまう。 竹内:なるほど。 山折:メディアがそうです。もう社説の論調なんか典型ではありませんか。 竹内:何というか、日本型ポリティカルコレクトネス(政治的公正)みたいなものが充満しています。 山折:そうそう。
竹内洋(たけうち・よう)   1942年新潟県生まれ。京都大学教育学 部卒業。同大学院教育学研究科博士後期課程単位取得満期退学。京都大学大学院教育学研究科教授などを経て、関西大学人間健康学部教授、京都大学名誉教授。 専攻は歴史社会学、教育社会学。著書に『教養主義の没落』『革新幻想の戦後史』などがある

竹内洋(たけうち・よう)
1942年新潟県生まれ。京都大学教育学部卒業。
同大学院教育学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
京都大学大学院教育学研究科教授などを経て、
関西大学人間健康学部教授、京都大学名誉教授。
専攻は歴史社会学、教育社会学。
著書に『教養主義の没落』『革新幻想の戦後史』などがある

竹内:凶悪事件が起きると、必ずコメントで「なんでこの犯人が犯罪行為に至ったか」を解説しますよね。そういうふうに、何でもかんでもわかろうとする態度も、リスクをゼロにする発想と似ています。 山折:そうですね。かなりの程度まで人間は理解可能だという、社会科学的な考え方です。 竹内:何でもかんでもわかろうとするのは、おそれ多いことですよ。これこそヒューブリスというか、人間の驕慢が極まっているのではないかと思いますけど。 山折:そうですね。先ほどのリスクの問題で言いますと、私は今、京都の堀川高校の学校運営委員をしています。 ちょうど今、文科省が日本全国の高校をスーパーサイエンスハイスクールに指定していて、堀川高校もそのひとつです。その一環で、堀川高校は、いろんな科学教育をやっています。その際に、国際標準という基準があって、それに近づくために目標を立てるわけです。 その国際標準と日本的な標準には、ものすごく落差があることに気付きました。たとえば、ボランティアという言葉ひとつとっても、意味が違います。国際標準では、わが身を削って、時間も削り、おカネも出し、場合によっては家族を犠牲にして、何らかの奉仕をすることがボランティアということの意味です。だから、リーダー教育、エリート教育というのは、いかに自己を犠牲にするかということが基本になって、それがボランティアリズムが基本となります。 ところがどうも日本のボランティアは、永続的にやるという考え方ではなくて、できるだけ自分を守って、自分の領域を守って、その余力でサービスをするという傾向が強い。ライオンズクラブもロータリークラブも全部そうですが、社会奉仕と言いながら、結局は余力でやっている。自己をいかに犠牲にするかという観点が非常に弱い。 つまり、自己を犠牲にしないとリーダーになれない、という教育がなかなか出てこないわけです。これは戦後教育の問題点ですね。結局、ボランティアの問題というのは、リーダー教育と非常に深いかかわりがあります。リスクと犠牲を前提にするという考え方、すなわち、教養や知力の基本が出来上がっていないということです。 竹内:そういう犠牲心のある人が、やっぱりリーダーに祭り上げられていくのでしょうね。例えがあまりよくないですが、暴力団の世界でも、死ぬぐらいの強い覚悟があるということが説得力になるでしょうし。その意味で、ノブレスオブリージュが、日本にはあまりないのでしょうか。

リーダーが悪いのか、フォロワーが悪いのか

山折:結局、ノブレスオブリージュは日本で定着しませんでしたね。戦後教育はエリート教育、リーダー教育という言葉に対するアレルギーのようなものがすごく効いています。先生たちも、50人の子供がいたら、そのうち5人なり10人なりをリーダーに育てようという意識がないでしょう。あくまで、リーダーは自然に生まれるという考え方です。企業はどうでしょうか。積極的にリーダーを育てているのでしょうか? 竹内:私が昔、調べたところでは、仲間の評価は影響するみたいですよ。上ばかり見て、せこい人間は同僚にはよくわかり、評価されません。やっぱり自分の身を切り、自己犠牲の精神があって、リーダーシップのある人は、仲間の評価が高いですよ。日本企業では、もちろん上司からの評価も大きいでしょうが、同僚からの評価もかなり大きいのではないでしょうか。 山折:だから企業でも政治でも、そういう犠牲的精神の中で鍛えられた人間が出ているときは、大きな仕事を成し遂げているということですね。 竹内:そうですね。 山折:今、日本の教育と政治の世界には、自己犠牲という考え方がとても稀薄になっています。戦前の滅私奉公と言う考え方とすぐ結びつけてしまう。 竹内:ただし、どちらが悪いのかわかりませんが、もうリーダーをリーダーと思わないようなところがありますよね。リーダーが悪いのか、それとも、フォロワーが悪いのか。 山折:数学者に聞いたのですが、大学の数学科に入ると、1日目で、「こいつはすごい」「俺はもうダメだ」というのがわかるのだそうです。始めからダメだとわかった人は、学者になる代わりに高校の教師などの他の職業につくようになる。これは芸術の世界もそうですよね。 竹内:それは賢い人ではないですか。わかる人はすごいと思います。意外とそれさえもわからない人もいますから。 山折:それがわからない文科省の役人が、全員に同じような高等教育を施そうと考えたのでしょうね。 竹内:そうそう。 山折:芸術や数学といった特殊な知的教養を身に付ける世界では、才能がはっきり分かれます。天才は放っておいてもいいわけです。それよりも、トップに行けない人々をどう教育するか、どういう知的な教養を与えるかのほうが、よほど重要になってくる。それなのに日本は、みなに等しい教育を与えようとしてきた。 竹内:そうですよね。今の大学改革の問題はまさにそれです。大学進学率が50%を超えて、大学のレベルに大きな差があるのに、いつまでも一律にやりすぎている。一部の上澄みの大学では、アホな大学教師が指導するくらいなら、むしろ放っておいたほうが学生は伸びます。 山折:その場合、トップクラスの人間には、教科書的な知識を与えなくてもいいので、特別プログラムを組めばいい。一方、そうでない人たちに対しては、知や教養を身につけるような体験を与えるプログラムが別に必要になる。でも、われわれはまだそれを作り出していません。

結局は、リズムの問題

竹内:以前であれば、長期的に教育を考えることもできました。「何のために古典を読むか」を説明しなくても、長期的に考えたら大切だという理解がありました。でも今は、短期的にしか考えられない層が、大学生になってしまった。そうすると、役に立つ教育が求められるので、従来型の教養と言ってもダメだと思いますね。 今は学力の低い大学もたくさんあります。私もたまにそういう大学の先生と話しますが、「そもそも基礎学力がないので、教養とか学問とか言っている場合ではない」と言うわけです。大学の教育というのは、高校までの知識がきちんとしていたら、かなり高度なことができます。だから、もっと高校や中学校の教育がしっかりしないと、大学教育もやっていけないのでしょう。 山折:本当にそうですよね。たとえば、ある一定の年齢に達して遍路、巡礼をする人々を見ていると、老いも若きも、知識のある人もない人も、大学教育を受けた人も受けない人も、みんな般若心経を唱えています。 皆、全部の意味がわかっているわけではないですが、たとえば「色即是空」というのは、かなりの人々が覚えているわけです。その基礎になっているのが暗記です。昔だったら、論語を暗記していましたが、暗記というのは、知的作業を超えた重要性がある。しかし、そういう教育技術を、小中高の教師を養成する今の大学は、教えていません。 竹内:確かに、私より少し上の世代の人は、よく暗記しています。何かのタイミングで、歌や小説の名文句が出てくる。あれは、声に出して読んでいたからですよね。日本はあるときから音読をしなくなりましたが、音読は本当に身に付く勉強の仕方だと思います。 山折:結局、リズムの問題です。万葉以来の五・七・五・七・七調の話になるわけです。西洋の知識人がギリシャ語の詩などから入るのと似ています。ただそうした伝統が、戦後日本の知的な教育から切り離されたと思うのです。 竹内:そうですね。そもそも活字文化の時代は、グーテンベルク以降でしょう。それこそ古代ギリシャでは、つねにしゃべっていたわけですから。大衆の教養というと、私の小さい頃は、講談や浪花節や落語でした。ああいうのも非常にいいのではないかと思います。 山折:だいたい僕らの基本的な歴史的知識というのは、かなりの程度講談本などから得ていました。けれどもその方式は戦後になって否定されてしまいました。講談調というのは語りのリズムがあって暗記しやすい。それで自然と覚えてしまう。明治以降の学校唱歌、童謡に歴史的な事実が歌い込まれていますが、これもあまり顧みられなくなっている気がします。 竹内:私の親父も小学校の教科書は覚えていました。だからしょっちゅう読まされたのだと思いますよ。 山折:そうです、そうです。 竹内:教育勅語なんか、本当に全部覚えているわけですよね。 山折:結局、日本の文学というのは、長いあいだ語りのの文学でしたね。聴覚を働かせて覚えて、自分の知識になり、それが理解につながっていくという構図になっていたわけです。