プロジェクトの開始にあたって

校内の推進体制など 普及につながる情報発信

民間財団の視点から 学校主体の実践を支援

財団
先生たちが理想とする授業デザインは、ICT導入後にビッグジャンプによって実現するのではなく、スモールステップでの積み上げの先に見出されるものだと思います。先生方の日々の努力や創意工夫があり、校内の推進体制があり、学校の取り組みを継続、発展させていくためのマネジメントもあるはずです。
今回のプロジェクトでは、普段は表に出ないこうした側面や、上手くいかなかった部分、苦労したことなども公にしていただき、エビデンスとして提供したい。それによって、新たな取り組みにチャレンジしてみようという先生方を少しでも増やしたいというのが、私たちの一番の思いです。どの学校にもヒントになる情報をわかりやすく発信することも重要で、先進校や特別な学校だからできるという捉え方はされたくないですね。
清水
今回のプロジェクトが一般の公立校を対象にしていることには大きな意味がありますし、民間財団だからこそできる取り組みであるとも言えます。例えば、フューチャースクールのような国が支援する実践研究は、これからの子どもたちの能力育成のためにはどんなインフラ整備が必要で、どう活用すれば効果が上がるかを検証し、具体的なエビデンスと合わせて示すことができました。
一方でパナソニック教育財団の実践研究助成は、これまでも一貫して学校主体の取り組みをサポートするという立場を取ってきました。今回のプロジェクトでも、効果検証授業を実施する教科や単元は参加校に一任しています。財団の特別研究指定校への助成と同様に、大学の研究者がアドバイザーとして学校の取り組みをお手伝いします。
財団が派遣するアドバイザーは現場の先生方を指導できる力量を持った人たちですから、授業設計はもちろん、先ほどお話に出た校内体制づくりやマネジメントも含めた研究活動全体に対してもアドバイスができます。各校が直面する実践上の課題を明らかにして、その改善策までをセットにして、エビデンスとして示すことができるのです。
財団
私たち財団でも以前から、優れた教育活動の普及には、現場の実践から出てくる知恵と研究者の方々の知見、そして地域のサポートが不可欠な要素と考えてきました。今回のプロジェクトでもそれらをコーディネートして、よい事例を提示できればと思っています。

授業づくりの見直しで 学びに「ワンダー」を

清水
地域の中でも特に重要なのは家庭の役割ですね。ICTを活用した家庭との連携強化は、学力向上に直結します。すでにイギリスでは、ブレア政権の後期に国の主導で検証を行い、成果を上げています。このプロジェクトでも可能であれば家庭での持ち帰り学習を検討したい。学校で学んだことを保護者と一緒に学べるオフライン型の持ち帰り学習ができれば、家庭のネットワーク環境の違いには関係なく、大きな学習効果が得られると思っています。
今後の展開についてもう一つ付け加えますと、研究の2年目あたりからは学習活動の検証もできればと考えています。
例えば、基礎基本がまだ身についていない子どもには基礎固めの学習指導を行い、上位群の子どもには、課題解決の方法を複数考えさせるなど思考力の向上につながる学習活動をさせることができます。”One to One” の環境であれば、同じ学級内でも子どもの特徴や能力に合わせた個別の学習をさせることができるわけです。「落ちこぼれ」と「浮きこぼれ」のどちらも出さないような学習活動のあり方を探ってみたいですね。
財団
習熟度別や少人数指導、TTなど多様な授業スタイルが学校でも普及してきました。そこに一斉、個別、協働といった学習活動を組み合わせることによってさまざまな効果が期待できます。21世紀型の学力は計量化しにくいですから、授業スタイルや学習活動といった具体的な形として見せることで、先生方がこれからの授業づくりを考えるヒントになればいいなと思います。
清水
そうですね。先生方に考えるチャンスやヒントを提供することがこのプロジェクトの最大のポイントです。こうあるべきという答えを押し付けるのではなく、先生方が自分の指導スタイルを見出していく歩みをサポートすることに意味があるのです。
財団
多くのヒントの中から、自分にとって取り入れやすいものをチョイスし てもらえたらいいですね。私たちが目指すのは、従来の一斉指導型の授業から一歩踏み出して、新しいことにチャレンジしませんかというメッセージを先生方に届けることです。先生が毎日の授業に「ワンダー」を感じるようになれば、子どももわくわくします。授業が楽しければ学校に来ること自体が楽しくなります。これは学校教育の原点であると同時に、学びの可能性そのものでもあると思います。
私たち財団としては今後、学校の先生方や、清水先生をはじめとする研究者の皆さんと連携を深めながら、魅力的な「ワンダースクール」を提案できればと考えています。本日はどうもありがとうございました。
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清水 康敬(しみず やすたか)

1940年長野県生まれ。
1966年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1971年工学博士。
1973年東京工業大学教育工学開発センター助教授に就任後、同センター教授やセンター長、同大学大学院社会理工学研究科長などを歴任。
2001年国立教育政策研究所教育研究情報センター長、2004年独立行政法人メディア教育開発センター理事長に従事した後、2009年より現職、現在に至る。

★本対談は、平成26年1月13日の日本教育新聞に掲載された記事を転載したものです。