実践研究助成(初等中等教育現場の実践的な研究に関する助成制度)
行事:成果報告会
全体会 /第34回(平成20年度)
第3部【全体会】 講 評
 第3部の講評は「実践研究を継続・発展させるために」をテーマに、審査員を代表して大阪教育大学の木原俊行 教授と横浜国立大学の野中陽一 准教授の対談形式で進行しました。テーマの内容は大きく次の3項目に絞られました。
すなわち、
  1. 特別研究指定校の枠組みやシステム
  2. 特別研究指定校が取り組んでいる授業の特徴
  3. 実践研究の企画・運営上の工夫
これら3項目について壇上で木原・野中 両先生が対話しながら、フロアで聴き入っている参加者と具体的な点での質疑応答も行われました。
講評の発言ポイントを要約します。
※以下、(:木原先生、:野中先生、→:フロア参加者からの発言)

1.特別研究指定校の枠組みやシステム
特別研究指定校は一般の研究助成とは異なり、研究テーマ("学力向上"もしくは"人間力の育成")が設けられ、いずれかのテーマを選択したうえで具体的な研究課題を見出さねばならない。20年度〜21年度の特別研究指定校では、"学力向上"を研究テーマにしたのが3校で、"人間力の育成"をテーマにした学校は1校という結果である。
単年度ではなく2年間にわたる研究は難しいことなのか、それとも発想を転換して2年間あるからこそ研究が可能なのか。
2年間を見通した計画が立てられていてるので、これを実行しなければという見通しを持てることは良い。(三和小学校)
助成を受けたその年からいきなりスタートするのは難しいと思う。ICTを使うか、使わないかに関しては、第一段階として関連する研究つまり一般の研究助成で1年間実践してみて、それをさらに充実させるという段階を踏めば、特別研究指定2年間と言ってもアッという間だ。今日の特別研究指定校の発表を聞くと、とにかく立ち上がりが早い。
5月頃から全てのクラスが研究授業を始めている。
ICTが無い状態ですが、5年前からカードなどの紙ベースを使用して、フラッシュカードのような形でモジュール学習を進めている。(山室中部小学校)
このようにその研究にいきなり取り組むまでに関連した研究があって、そこにICTを加えたり、それを発展させるという流れがある。そうしたものが或る程度無いと、2年間の研究計画で達成するのは難しい。
”特別”という名称は付いているが、一般の研究助成を受けた学校にとってみれば特別研究指定校といっても、そんなに特別なことではない。

2.特別研究指定校が取り組んでいる授業の特徴
特別研究指定校になってICT環境の整備が加速したとの報告があったが、そのあたりに関して他の先生方は如何でしょう。
特別指定校になる前はプロジェクターが1台あるだけの状況だったので、はじめは助成金を使って買えるだけの台数を購入した。それを保護者の方々に授業で見ていただいた結果、PTAからもお金を出してもらえ更に数台購入した。その他、企業へのお願い、先生方が自前で購入するケースもあり、1年間で全12教室にプロジェクターと実物投影機を設備できた。(府中小学校)
特別研究指定の助成校になったことが契機になって、次のアプローチというのが連鎖的に生まれているという面白いプロセスだ。
ICT環境が整備されることによって、ICT活用は促進されることが国のデータでも示されたので、今年度はスクールニューディールで普通教室の整備が進むと思われ、来年度以降は各学校での活用が促進されるだろう。また、それぞれの学校の研究テーマに応じた環境整備を更に充実できるのではないか。
「学びの基礎力」と呼ばれる生活とか学習規律といった教科の学力基盤をつくるところを大事にされている傾向が共通していたように思う。「基礎・基本の徹底」とあるのは、関心・意欲・態度の問題と知識・理解、あるいは簡単な技能も含まれ、授業スタイルとしては習得型を大事にしている学校。それに、思考力や表現力といった今日的な意味での読解力の育成を標榜している学校。さらには人間力とも言えるテーマに取り組む学校など、各学校が焦点化したい学力というものが二重奏になっているようだ。山室中部小学校での例をご紹介ください。
例えば、算数では分度器の使い方を実物投影機で拡大するとか、国語の場合ですと漢字を大きく映して書き順を皆で確認する。社会科では写真や地図を大きく見せて確認する。家庭科では玉結びや玉止めの作業をやって見せて習得させるなど、ありとあらゆる教科で実施している。(山室中部小学校)
キャリア教育におけるICT活用の様子は如何でしょうか?
キャリア教育には、人間関係形成・情報活用・将来設計・意思決定という4つの能力領域があるが、とりわけ情報活用能力という意味ではICT機器があるということ自体で情報活用に直接的に関わっているのはもちろん、様々な場面で活用が可能になっている。(城北中学校)
活用という言葉には、概ね4点ほどの方針があるように思う。ひとつ目は、"活動的"ということ。すなわち、人の話を黙って聴いて板書されたものを写すだけでなく、教室で子ども達が学習活動を能動的に繰り広げていくというもの。2点目は、似たような問題などに分かっていることを当てはめていくといったように、別の例で徹底していくことによって確かめていくやり方。3つ目は、生活場面に応用するということ。そして4点目は、"問題解決的な評価におけるプロジェクト的な学習"とでも呼べるもの。例えば「誰某に渡すパンフレットを作ろう」といった、何か定められたゴールに向かって調査したり、交流していくような場合の良き道具や舞台設定にICTが役立つといった例である。
要するに、いっぺんに色々なことは出来ないわけだから、学校全体としての優先課題は何であるかを見定めるということが大事である。

3.実践研究の企画・運営上の工夫
研究を推進していく際の確認ポイントに話を進めていくと、学校における実践研究で一番大事なのは授業研究である。それには具体的な授業を取り上げながら、授業づくりのアイデアを同僚と交わしながら共有化していく。あるいは、授業研究をやりっ放しにせず文書にまとめたり、研究発表会を開催して同僚だけでは出てこない授業アイデアを外部の人にもたらしてもらうなどである。
いずれの特別研究指定校にも共通している特徴は、次の3つである。
  1. 研究授業の回数が多く、そのスタートが早い。
  2. 実施形態や細部もいろいろ工夫が見られる。
  3. 講師ないしはアドバイザーを上手に利用するという方針がある。
若い先生に、いきなり『人間力育成』をテーマに研究授業を実施するように言っても無理があるように思う。そのあたりを如何に乗り越えているか、研究授業を数多くこなしている特別研究指定校では、成果や効果の活かし方についてのノウハウをお持ちだと思う。
協議会の持ち方の一例として、皆で見た授業の研究協議をしたあと課題を明らかにして、次の授業では如何にすればよいかという指導案を一緒に考えたりしている。実際には教師の個人差もあるので、各人の事情を考慮しながら要相談ということでやっている部分も多い。(三和小学校)
補足すれば三和小学校の場合、研究授業と協議を受けて各先生が自分の学級の学習指導で、どのようにするか宣言するということもやっている。他の教師の授業の批評に終わるのではなく、それを踏まえて授業改善のポイントをマニフェスト風に宣言して取り組んでいくやり方である。
1年目の学校の場合は?
研究授業は3回実施した。授業案はパワーポイントの紙1枚だけ。内容は、その授業でどういう学習成果を達成するかだけ。日常的には、ICTを活用する授業にはその旨を週案に記載するなど、誰でも、いつでも出来るような形に整備するよう研究の途中だ。(平山小学校)
多様なアドバイザーの活用ということも共通点ですが、沢山の人が来ると何か意見が違ったりして混乱が起ることはないか?
無い。受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは黙って素通りさせている。(山室中部小学校)
次に、研究の形成的評価の重視ということについて考えてみたい。研究は計画通りに行かないことを当然視して、1年間あるいは学期という単位で見直し、再スタートする機会をたくさん持つ。また、そのためのデータ収集を丁寧に実行して、こういう効果もあるという例を野中先生から。
教育実践の成果を客観的に提示するのは難しいが、学力テストや教師へのアンケートなどで経年変化を見るとかの工夫をして、こんなところに研究・取組みの成果があるとアピールすることは重要なことである。
特別研究指定校においては"校内の普及"、私流の表現で言えば"実践アイデアの交流"のための道具が非常に豊かだ。ICT活用マニュアルだとか、マニュアル類がいっぱいある。事例集を作っている例もある。研究を支えているのは、様々な実践推進上のアイデアを還流させるための仕掛け・仕組みを幾重にも数多く持っていることだと思う。
「定着と普及」という観点では、研究の進捗状況を月毎に記載したものが参考になる。
成果だけではなく取組みの過程が大事で、特別研究指定の応募要項にも"取組みのノウハウや成果の定着と普及の方法についても"、とある。報告書だけを読んでも分からないことがあるわけで、研究発表会や報告会の質疑応答によって疑問を明らかにすることに意味があると思っている。
もうひとつは、児童がICTを活用して自らの学力を高めていく方向性の授業づくりの可能性を、先生方は検討してほしい。機器の台数の問題などもあるが、習得・活用・探求という3タイプの授業スタイルが大切で、またそれらが繋がっているのが望ましい。つまり、習得のための家庭学習・宿題と、活用や探求のための家庭学習・宿題とは質が異なるであろう。特別研究指定校の取組みが教室の中に閉じられることなく、放課後にも家庭にも及んで、その眼差しで更に子ども達を伸ばす方向へ注意を払っていただければ幸いである。