先導的実践研究助成
江木 啓訓 東京農工大学 助教

 本研究は,学習者の筆記行為を検知することによる学習状況のセンシングと可視化の実現を目的としている.ICT を活用した学習形式の複雑化や,児童・生徒の意欲や興味の多様化により,教員が学習者の状況を客観的に把握することが難しくなっている.このような問題に生体情報のセンシングを導入するには,実際の学習活動を妨げず多人数への適用が可能である必要がある.そこで,加速度を検出するセンサを組み込んだ筆記具を用いて,筆記行為の計測と判定を行う手法を確立し,初等中等教育への適用の妥当性を検証する.これにより,学習状況の可視化と教員へのフィードバックを行うシステムの構築が可能となり,学習者の支援と教育法・机間指導等の自己改善に役立つことが期待できる.

 我々は,学習者のセンシングによる学習状況の可視化の実現を目標にしている.教室におけるプレゼンテーションソフトや電子黒板の利用,ビデオ映像を用いて遠隔講義や講義配信を行うシステムの普及など,学校機関における講義の形式は多様化している.また,学習者のバックグラウンドの多様化とも併せて,教員が学習者の状況を客観的に把握することが難しくなっている学習者の反応を表出させる工夫として,授業へのコメントを書かせたり,レスポンスアナライザを導入したりといった取り組みがある.しかしながら,提出用紙への記入やボタンによる選択といった形態では,学習者が能動的に表出する範囲でしか学習状況を判断することができない.机間指導や個別指導と併用する形で学習状況をより客観的に理解するためには,学習者のセンシングが必要であると考えた.

 デバイスの使用者のコンテクストに基づくサービスの提供など,センサ技術の活用が進んでいる一方で,教室内でセンサ技術を活用した学習活動のセンシングの研究は少ない.身体的なセンシング情報をもとに,学習者の生理的状況を判断することも可能である.しかし,脳波計やNIRS による脳活動の計測,視線計測,学習者の撮影と映像解析による判断を授業に持ち込むことは,学習者や授業進行への影響が大きいため日常的な利用は難しい.デジタルペンの利用,学習者のノートの撮影によって,筆記のタイミングと内容の収集も可能である.しかし,これらの手法は同様に影響が大きく,既存の研究や実践では学習者が萎縮する可能性について指摘されている.また,内容の理解や興味・関心などの書くに至っていない時点での状況が表出しないという点は解決しない.実際に教室で授業を受講している学習者のセンシングを行うには,本研究のように現在の学習形態を妨げず自然な形で使えること,多人数への適用が可能である必要がある.

 本研究では,学習者のコンテクスト推定のために,加速度センサを組み込んだ筆記具を用いて,筆記行為の計測と判定を行う手法を確立する.単なる実験的環境ではなく,実際に多くの学習者が教室で受講している状況を対象として,学習状況の可視化のための学習者センシングの提案を行っている.また,提案する加速度センサによる筆記行為の検出手法が,大学生を対象とした場合と,児童・生徒を対象とした場合で有効性に差違があるかを検証する.学習者の筆記行為を検知することにより,様々な応用が可能となる.
 まず,教員の授業進捗管理を支援することができる.リアルタイムに取得した学習者の筆記状況をもとに,受講態度や関心の高低についてのフィードバックを提示したり,筆記の進捗に基づいて教室の機器を制御したりするシステムが考えられる.また,教員は学習者の表情や反応から内容の理解を判断しているが,自己の認識と学習者センシングに基づいた筆記状況とのギャップに基づく内省を支援するシステムにも応用できる.具体的には,研究授業による教員の相互研修や,教員養成課程における授業構成や机間指導の学習,教育実習といった活動における活用が可能である.さらに,遠隔講義や eラーニングなどの遠隔地・非同期での学習や,スタイラスへの組み込みによるタブレットPCを用いた学習における状況把握にも容易に適用できる.現在検討が進められているデジタル教科書端末の導入とも親和性が高いと考えられる.